ちちぶ市移住日記

秩父市の移住に関する情報に加え、秩父市の魅力や個人的な日記などを掲載していきます!

私がどうして都会を見限ったのかを説明する

こんばんは。管理人のしおです。

 

12月になり、なんとなく気忙しくなってきました。あんまり忙しいのって好きじゃないのですが、時期的にしょうがないのでしょう。

 

最近、私の移住した目的を問われる機会がありました。今までも結構あったっちゃああったのですが、そこはなんとなく自分の考えた経緯を断片的に答えてました。

 

自分の思考を整理するって結構重労働だよね。

 

私が田舎に行こうと決めたのは大学院1年のときです。ちょうど都会(東京)嫌いがそのころ悪化していました。

 

何で嫌いなのか(だったのか)というと、

 

  • 就職活動の際の痛い体験
  • 都内へ行くと休む場所が無い
  • コンクリートしかない
  • お金が無いと何もできない
  • つーか“消費"する以外のことができない
  • その環境で自分は自分の力を発揮できるか?(いやできないだろう)

 

という理由からです。今考えると、都内だって面白そうなところたくさんあるのにね~と思うのですが、この当時は本気でそう思っていました。

 

就活の痛い体験はまあいいとして(←もちろんこれは大きなターニングポイントでしたが)

都会で経済活動の歯車になりに行くのは私の性にたぶん合わないし、そこまで楽しくないだろうし、むなしいだけだろうと考えていたんですよね。

 

特にきつかったのは、都内では消費しかできない点です。これお金持ちが必ずしも幸福ではないということの一個の原因だと思うのですが、物を買ったり使ったりばかりだとなんだかむなしくなるんですよね。自分が本当に生きているのか分からなくなるというか。これって「作る」行程をすっ飛ばしているからだと思うんです。

 

人間は元来創造的な生き物だと思います。でも、都会の生活はその創造性を抑圧するぐらい物があふれていました。正直どこに行っても消費を迫られるのは息苦しかったし、お前は無力なんだいうのを突きつけられているようでした。

 

だから都会は無理、と思っていたのですが、でも都会で就職するという選択肢を放棄する決断をする踏ん切りはなかなかつきませんでした。

 

都会で暮らすことはたくさんのロールモデルが示されていましたので、だいたいの生活パターンは予想できたし、どうすれば良いのかの情報もあふれていました。でも、田舎で生きるというのは圧倒的に情報が足りず、どう生きれば良いのかというのを示してくれるものが当時は無かったんですよね。だから凄く不安でした。私はこの先生きていけるのかと。

 

私はとりわけすぐ仕事になりそうな役立つ資格や技術が無かったので、なおさら生きていけるのか不安でした。パターンから外れることって凄く覚悟がいることだと思います。

 

でも、地域おこし協力隊の話を聞いて、「ああ、これならできるかも」と思ったんですよね。田舎のいいところは技能は無くてもとりあえず熱意だけで受け入れてくれるところだと思います。

 

地域おこし協力隊の制度を知らなかったら、今ごろ自分はどうしていたのか検討もつきません。案外実家に帰っていたかもしれません(それも選択肢にありました)。

 

結局まとめると、自分の足で立ちたかったし、自分のことは自分で決められるようになりたかった。その実現可能性が高いほうが田舎だったということなんだと思います。「生きてる」を実感したかったんだと思います。今もですが。

 

さて現在ですが、秩父で空家を何とか活用にまわせるように色々手を打っているところです。具体的にはまだ申し上げられませんが、来年の春ぐらいには色々情報公開ができるかなと考えています。

 

空家とか不動産って全然今までやってきたことと分野が違って分からないこと多いですが、たくさん助けてくれる方々がいるのでとてもありがたいです。

まだまだ独り立ちには程遠い状況ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。