ちちぶ市移住日記

秩父市の移住に関する情報に加え、秩父市の魅力や個人的な日記などを掲載していきます!

日記 「持つこと」から「できること」へ移行する時代

こんにちは。管理人のしおです。

 

最近の仕事が行き詰ったイベントプランナーみたいな状況になっています。ちょっと何を言っているのか分からないと思いますが、私も分かりません。

 

それはさておき、イベントや催し物の情報をチェックしたり参加したりする日常をここ11ヶ月ほど送ってきました。

そうするとなんとなくですが、今どんなことがウケるのか傾向が見えてきます。

 

昨今、「体験型」イベントが主流になっているのは皆さん周知の事実であるかと思います。この体験型イベント、どうして今になってこんなにもウケているのでしょうか。ふと疑問に思って考えてみたんですよね。

 

それで私の結論としては「人が自分の力のみでできることが少なくなったから」という答えになりました。

 

1990年代から2010年ぐらいの20年間って、「より便利に」「より快適に」が時代をみんなが求める時代であったと思います。その代表的なものはパソコンと携帯電話です。

 

このような電子機器は私たちの生活を「より便利に」「より快適に」してきました。最近なんかだと仕事でパソコン使わない人は居ないぐらいの普及率であらゆるモノゴトをデータ化し自動制御し、われわれ人類をより「楽をさせる」ための道具があふれました。

 

しかしこれは逆を言うと、人間1個体の能力と集団としての記憶を退化させていくことになります。

例えば、日本ではもうほとんどの人は火おこしができません。布を作れません。障子を張り替えることもできない人が多いのではないでしょうか。もちろん自分の家を作ることもできません。食料にしても、自分でまかなえる分を獲得できる方は(私も含め)少ないのではないでしょうか。

 

これらのことは私の親世代でもできない人は大勢居ると思います。となると、子どもにその技術を継承することもできません。

 

ここから私が感じることは、「怖い」の一言に尽きます。

 

皆さんもうっすら感じているのではないでしょうかね。

 

いざ電気が使えなくなったとき、交通網が機能しなくなったとき、私たちはいかにして生きていけばいいのか。そんな危機感をこのごろ常に感じています。それを自覚しているのであれしてないのであれ、アラームが常に鳴ってるのはきついです。

 

この失われた記憶と能力とは、すなわち自然物を生活に必要なものに自力で変換する能力です。いざと言うときにそれができるかできないかは、まさしく生き残れるか否かに直結します。

 

だから、「体験型」が流行るのでしょう。自分たちの失われた記憶と能力を取り戻すことは「お金を払ってでも」必要なことなのです。

 

体験型のイベントをされている方全員がそんなこと考えているとは思いませんが、生存本能的なところで、無意識なところで危機を感じているのではないかと私は考えます。

 

思うに、私たちはちょっと「楽しすぎ」てしまったのでしょうね。

 

余談ですが、カイコガって皆さん知ってますか?絹になる蚕さんですが、この成虫は自然回帰能力を完全に失ってしまった唯一の昆虫です。つまりは人間の世話が無いと生きていけない虫なのです。

見た目は愛らしくてかわいいのですが、カイコガ自信はそんな自分たちの種ををどう考えているのか、ちょっと気になります。